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政治学者の中島岳志の政治家を見極めるマトリックス図がとても興味深いので、ブログに書いてみました。最後に一応このマトリックス図を載せておきます。これは、色々と活用する事ができる優れものの図だと思います。このマトリックス図は、縦横に展開する座標図なのですが、横軸に「価値の問題」をとり、縦軸に「お金の問題」をとるという形の構成になっているということです。通常、保守をリベラルの反対と捉える認識が世間一般的に流布されていますけど、そうではないということが氏の見解です。リベラルが左派であって、保守が右派といった捉え方で語られがちですが、氏はリベラルの対極にはパターナルがあると述べています。
保守については後程もう少し触れる事に致します。そして縦軸の上側には「リスクの社会化」をとり、縦軸の下側には「リスクの個人化」をとると述べています。
このマトリックスは右上の部分を①として、反時計回りに②、③、④となります。
ここでまずこのマトリックス図の「リベラル」とはどういう立場、価値のことを指すのかということですが、そもそもヨーロッパの歴史的な起源を紐解くと、この「リベラル」は、欧州の30年戦争に端を発するということなのです。この30年戦争は、ドイツ(神聖ローマ帝国)を舞台として丁度日本では江戸時代の初め頃、1618年から1648年にかけて戦われた宗教的・政治的諸戦争の総称ということですが、ドイツのプロテスタントとカトリックの対立、オーストリア,スペインのハプスブルク家とフランスのブルボン家との抗争に背景があるということで始まり、最終的には、宗教戦争では治まらずに、ヨーロッパ全体に渡る国際的な戦争となり、どちらが正しいのかとの結論が出ずに終わったということなのです。ヨーロッパでは明治時代のはるか前の江戸の初期の時代からこの「リベラル」の価値観の萌芽が見えていたんですね。
1648年に近代国際法の元祖ともいうべき、ヴェストファーレン条約(ウェストファリア条約)が結ばれ、ヨーロッパにおいて30年間続いたカトリックとプロテスタントによる宗教戦争に終止符が打たれました。締結国は相互の領土を尊重して内政への干渉を控えることを約定して、新しいヨーロッパ秩序が形成される事になりました。
そして、その後相当な年月と変遷を経ながら、マックス・ウェーバーが定義するところの国民国家が成立して欧州において確固としたものになっていくということです。そして、遡る事150年程前、日本はまだ室町時代中盤から後期にかけて、ニッコロ・マキャベリーを源流とする近代のリアリズムが始まり、それとは対極をなすリベラリズムが17世紀中盤に、30年間争っても結論の出なかった30年戦争の帰結として登場してくる事になります。このリベラリズムは、簡単に一言で言うと、「寛容」という事になるということです。自分が他者に対して、その他者をどんなに嫌でも、他者の考え方、思想、宗教感に対して虫酸が走るくらいに嫌でも他者には介入しないということです。また、他者もこちらがどんなに考え方が合わずに嫌いでもこちらの考え方や信仰等に対して介入しないという事が双方で了解しているということです。詰りこの「リベラル」という価値観は、権力を持った人間が他者に対して介入しないという考え方、価値観の持ち方という事になります。このリベラリズムの源流といわれる学者としては、哲学者で政治学者であるジョン・ロック、そして哲学者イマニュエル・カントが有名です。
左派イコールリベラルと思われがちですが決してそうではありません。現在の中国や北朝鮮を見てわかるように左派独裁は、パターナルな存在でありリベラルとは程遠い存在であるということは一目瞭然といえるということです。
「リベラル」の対極は「保守」ではないと前述しました。その保守思想については、「保守思想の父」として政治思想家であり哲学者のエドマンド・バーグが知られています。バーグはフランス革命に対して強く批判をしました。バーク哲学は、人間の知力などというものは、祖先の叡智が巨大な山のように堆積してきている古来からの制度には決して及ばず、矮小で欠陥だらけのものであるとの考えが根底にあるということです。それゆえ「理性主義」すなわちデカルト的な人間の理性への過信については根源的に危険視し慎慮を提起しています。言い換えれば、個々の人間を多くの間違いを冒す不完全な存在であるとみなし、異なった意見を持つ人の見解に耳を傾けてみようという謙虚な姿勢を持つというものです。その考えは謙抑な人間観に基づいているということです。20世紀の保守というものはある種、全体主義や共産主義と闘ってきたといっていいと思うと氏は述べています。
この寛容であるリベラリズムと保守主義とはとても親和性があり相対する概念ではないとするのが、氏の考え方ということです。確かに人は多く不完全で間違えるものということには大いに納得がいきます。長年の風雪を耐えて永続しているものにはその重みと意味がある事はよく理解できますし、とても大切なことだと思います。
また、このリベラリズムにおいて、ラディカルデモクラシーの考え方の大切さについて触れています。このラディカルデモクラシーには2つの形があり、1つは熟議デモクラシーであり、もう1つはシャンタル・ムフとエルネスト・ラクラウの名前を挙げて、討議デモクラシーであると述べています。この初めの熟議デモクラシータイプの日本での実践家は立憲民主党の枝野幸男がそのタイプであり、もう一つの討議デモクラシーは、国内では、れいわ新選組の山本太郎、国際的には、左派ポピュリズムの、ジェレミー・コービン、バーニー・サンダース等と名前を挙げています。
氏は「保守こそがリベラルであるという事が重要な思想。」とまで述べていいます。西部邁に触れながら次のようなことを述べています。「懐疑主義なんです。能力には限界がある。間違いやすいので特定の理性に基いた左革命をやるよりは、永年の風雪に耐えた叡知を大切にしながら徐々に変えていきましょう。自分も間違えやすいので、他で自分と違っている意見を言っている人がいれば耳を傾けてみよう。傾けた結果なるほどなと思えば、合意形成をしていくというのが保守政治というもの。」と述べています。
「リベラル」の横軸の反対側の価値の名前を中島氏は「パターナル」と表現しています。この意味は、父権的、介入主義的なパターナリズム的なものと述べています。
そして、縦軸の「リスクの社会化」については、セーフティーネット強化型ということで、ある程度の必要な税金の徴収は行うが、それに対する再配分も相応に行う社会を目指すというスタイルになる事を指しています。寄付やボランティア等もことらの側になると思われます。政府に置き換えると大きな政府型という事になります。
その対極にあるのが、「リスクの個人化」という考え方です。読んで字のごとく自己責任型といっていいと思います。また、政府に置き換えれば小さな政府型といってもいいでしょう。
ここまで見てきて、現在の自民党、とりわけ清話会主導型の政治は、右下の④のゾーン、「パターナル」で、「リスクの個人化」の政権であるということができます。いわゆるネオコン型です。政治家の名前に置き換えると、首相経験者、今回立候補者を上げると森喜朗、麻生太郎、安倍晋三、菅義偉、高市早苗という事になるでしょうか。父権的、介入主義的で自己責任型の政治という事になります。中でも、安倍晋三は、スターリンや毛沢東に近い思考を持っていると言ってもいいのではないでしょうか。
政府の形態としては、氏は、この④のゾーンは、圧倒的に小さすぎる政府と述べております。政党的には、自民党、維新が入ります。この見極めはミクロの視点ではなく、国際基準に照らし合わせるというマクロ的に見る視点が重要なこととも述べています。政府の大きさが小さいか大きいかの基準は次の3つがあります。
1.租税負担率
2.国家の歳出
3.公務員数
1.と2.はそれぞれ、徴税と再配分という事になります。この徴税は、本来応分負担による徴税が望ましい方法ですが、小泉政権あたりから始まり、とりわけ安倍政権以降は、高額所得者特に1億円を超えるあたりからどんどんと税率が下がっていくという非常に不公平な税制がまかり通る形となっています。中でも100億円を超える場合にはその低い税率は顕著で、この税率を改善するだけでも多くの税収が国庫に入る事になります。また、企業にかかる法人税も大企業の多くが実質的に相当額を払っていないといわれています。法人税率も大きな問題の1つです。所得税、法人税含めて累進課税とすることが重要なポイントかと思います。10%まで増税された、消費税の徴収分がこの所得税と法人税の減少を補っているのが現在の状況です。また、2の再配分については、福祉、医療、健康、住宅、教育等国民の幸福に資するあらゆる再配分が国際基準と比べてあまりに貧弱であるといえます。
3.の公務員数については、日本は良く多いと勘違いされているようですが、実は先進国の中では圧倒的に少ない人数だそうです。1,000人当たりの公務員数を、各国比べると北欧諸国が一番多く、1,000人当たり100人以上つまり10人に1人が公務員という事になります。次に多いのがフランスで80~90人、続いてイギリス、アメリカが70人代、ドイツが50人、日本は最低レベルの30人代後半という数字になるようです。これらのことから、日本は圧倒的に小さすぎる政府の政策が長年続いている国といえます。
それでは、国民がその対極として野党勢力に臨むゾーンは何になるのかという事になります。それは、左上の②のゾーンという事が明確に見えてきます。つまり、リスクを社会で見るセーフティーネットの行き届いた政策をとる政治で、自らの価値観を他者に押し付けたり、強要したりしないという価値観を共有する政治であり政権であるということです。それは自民党の「リスクの個人化」であり「パターナル」な父権主義とは正反対の、左上「リベラル」で「リスクの社会化」の政策をとる野党の連合体という政治形態でありそれが非常に重要な事となります。
そこには、立憲民主党、共産党、社会民主党、れいわ新選組等が入ります。実は公明党もこのカテゴライズに入るのですが政権政党でありたいという事の重要度が価値観の方向性よりも重要という事なのか、自民党との連立という党の指向性とは違う状況になっています。また、国民民主党は、少し下よりのゾーンになるのでしょうか、少々位置づけが微妙で曖昧な感じがします。またかつての自民党政治の保守本流の中の宏池会等は②のゾーンに入ると述べています。ただ首相候補者の岸田文雄は、宏池会の価値を捨てて④のゾーンに足を踏み入れているのでしょうか。
更に、①の「パターナル」で「リスクの社会化」のゾーンの政治家や政治体制を上げると、中島氏は田中角栄や共産党政権である、中国共産党、北朝鮮労働党などの例を引いています。しかし、田中角栄は再配分を行った自民党保守本流政治の一時代を②のゾーン宏池会の大平正芳と共に担うというある意味時代にあった政治を行なってきたとも述べていて、時代的背景からみてのことなのか、好意的な評価を与えているようです。
高市早苗以外の今回の逡巡している候補者も含む自民党候補者として、石破茂、野田聖子は②のゾーンという事が興味深いのと、河野太郎は、例えば靖国神社参拝などの父権的政策には興味をほとんど示さずむしろ夫婦別姓容認であったりかなり価値観はリベラルよりであるがお金の問題については「リスクの個人化」には相当こだわりがあり、③のゾーンである、ネオリベということになるという事が中島岳志の見立てという事の様です。
(敬称略)
中島岳志のマトリックス図
この図は、ある意味普遍的なマトリックスだと思います。今回は、現状の自民党のコップの中の嵐を表しています。
実際、②のゾーンには今の自民党勢力である清和会の正反対にある、いや、あるべき、立憲民主党を始め、日本共産党、社民党、れいわ新選組がそろい踏みして共闘の団結グループで表示される事になるべきだと思います。
さて、想像を巡らせて、あの人はどこのゾーンに入るのか、そしてあなた、あなたの友人パートナーはどこのゾーンに入るのか、色々と思いを巡らせてください。
最後に、中島岳志氏のマトリックス図に、一応氏が述べられている内容に齟齬の無いように注意して、国政政党と主だったコップの中の嵐の候補者を含む自民党議員名を入れてみました。
今後の日本が良い国になる為には、今の④のゾーンの政治体制から、②のリベラルのゾーンに移行していく必要があります。今回、安倍、菅政権が破壊してしまった日本を良い方向に回復させるためには、コップの中の嵐ではなく、自民党体制からの脱却が不可欠です。次の衆議院総選挙では、赤の矢印のベクトルの様な政権体制の移行、つまり政権交代が重要な国民につきつけられた課題となります。
参考、参照動画:URL
「2019参院選後の日本 民意を読む」(4) 中島岳志・東京工業大学教授 2019.8.1
https://www.youtube.com/watch?v=cKX-hEw5M_I&t=1906s
『こんな政権なら乗れる』中島岳志+保坂展人 出版記念トークイベント 2021/07/25 にライブ配信
https://www.youtube.com/watch?v=5Up2K6KENvg
国民が乗れる「もう一隻の船」をどう創る~保坂展人・世田谷区長×中島岳志・東工大教授
https://www.youtube.com/watch?v=0wohAgcdp9k
自民党の政治家って どんな人たち?(中島岳志さん)【池田香代子の100人29人目】20200110
https://www.youtube.com/watch?v=_Bjg1a1roUw
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